読売新聞 平成21年10月27日
原田康子さんが逝かれてしまわれた(1928年1月12日-2009年10月20日)。
自分が病める青春のころ (私にも、そんなときがあったのだ) 、
石坂洋二郎「青い山脈」、「若い人」、「陽のあたる坂道」、
三島由紀夫「潮騒」、「金閣寺」
などを、読んでいたころ、 原田康子の「挽歌」も読でいた。
主人公の女性の気持ちをワクワク、ドキドキしながら感じ、
まるで自分が恋愛しているような錯覚に陥ったのを
憶えている。
「挽歌」は出版されるやいなや、70万部を売るベストセラーとなった。
空前の「挽歌ブーム」が起こった。
映画にも、テレビにもなった。
なにもかも、戦後から新しい時代へと突き進むときであった。
「挽歌」も新しい風を起こした。
・北海道での地方のガリ版による無名同人誌からの誕生であった。
・地方でも優れた仕事をすれば報われる日が訪れることを証明した。
・無名新人の作品が70万部を超えるベストセラーとなった。
・文壇の大家から高い評価を得た。
・女流文学賞が贈られたが、日本文芸家協会の会員以外の新人に
贈られたのは「挽歌」がはじめてであった。
・「挽歌」は、北海道・釧路の観光ブームに多大な貢献をした。
などと言われており、「挽歌」は作品だけにとどまらず、社会をも変えた向きがある。
積極的に行動する女性を描き、感性の時代を予兆するものであった。
ご冥福をお祈りするばかりである。