「漱石の想い出」 角川文庫
夏目鏡子 (漱石の妻)
松岡譲 筆録 (漱石の娘婿、長女筆子の夫)
12月9日は、夏目漱石の命日、 漱石忌 である。
この「漱石の想い出」には、漱石の臨終のことが書かれている。
大正5年(1916年)12月9日(土)、子供たちは学校へ行ったものの、
父親漱石の容態が芳しくなく、呼び戻されたり、気になって帰ってきたりした。
そのうちちで二番めの娘は長女と同じく女子大学の付属女学校に
行っているのですが、学校へ出たもののどうしても気が気でなくて
落ち着いて教室にいられないと言って早くかえって参りました。
そこでその子と近所の小学校へ行ってる四番めの娘とがまず
会いに行きました。するとあんまり面変わりがしているので悲しく
なったのでしょう。愛子というその四番めの娘がたまらなくなって
泣き出しました。で私がこんなところで泣くんじゃないとなだめますと、
それがきこえたとみえて、目をつぶったまま、
「いいよいいよ、泣いてもいいよ」
と申しました。
略
正午ごろ打ちそろって会いに参りました。すると
学校の制服を着た長男の純一がバタンと枕もとに座りました。
と、ふと目をあけまして、子供の顔を見ながらにゃあっと笑いました。
このあと、すでに大勢駆けつけているが、中村是公や高浜虚子が来る。
臨終のまぎわ、漱石は 泣く子供たちに対し、
「いいよいいよ、泣いてもいいよ」
と言ったのでした。