伸びゆく浜松
ごぞんじ、 浜松駅北口にそびえる モニュメント 「伸びゆく浜松」 。
とは言うものの、恥ずかしながら、我が家の家族は、その存在すら知らないのであります。
見ていても見てないのであります。
芸術には、無縁の家族であります。
(この話の途中) お菓子ボリボリしているのであります。
旧浜松市の人口50万人突破と市制70周年を記念して、昭和59年3月に完成。
年月を経て、錆びから黒光りするはずが、自然のなせる業、なかなか、人の
考える通りには、おいそれとならず、20年経っても、赤錆びのままであった。
とうとう、しびれをきらした人々は、塗装してしまった。
「錆びゆく浜松」と陰口をいわれて。
表面は錆びるが、それが皮膜となり、錆びを進行させなくなる場合がある。
いわば、錆びて、錆びなくなるのである。
銅は、よく神社仏閣でみる緑青。
アルミニウムは、アルマイトされたアルミの酸化皮膜。
ステンレスは、クロムの酸化皮膜。
鉄の塗装の下地の赤茶色の塗料には、錆びさせないために、わざわざ鉄錆である
酸化鉄が含まれている。この鉄錆びの色をベンガラ色といったりします。
そういえば、すぐそばにベンガラ横丁がありますね。
花が枯れて、茶色になったものを、錆花といったりもするようです。
なかなか、風情があります。
金属が錆びるということは、安定した状態に、本来の姿にもどることなんですね。
自然は、安定に、安定になろうとしますね。
水は高いところから、低いところに流れ、
鉛筆を机の上で立てようとしても、不安定で、すぐ倒れて止まり、安定します。
日本には、滅びゆく美なるものがあります。「平家物語」も、そうかも知れません。
人は枯れ、金属は錆びゆくのであります。
わびさびの世界であります。
あれこのさびは・・・「寂」のほうでしたね。
赤錆びがどうなってゆくか、なってゆかないのか、見たかったですね。
さびしーぃ。 わかってちょうだい。
プラタナスが 塗装された 「伸びゆく浜松」 と 浜松市民 を見守っておりました。
夏のまだ陽の高い午後でした。
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